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資料集『全連邦共産党、コミンテルンと朝鮮 』19181941年 
ВКП(б), Коминтерн и Корея.1918-1941 гг.
М.: РОССПЭН, 2007. 814 с. 5824308921 H4639              税込価格 6,615

刊行経過と内容: 和田春樹・劉孝鐘



☆刊行経過

本書は、東京大学名誉教授和田春樹とロシアのコミンテルン学者キリル・シリニャーが共同編集したコミンテルンと朝鮮の関係に関する資料集である。本書の製作のために史料の収集、選択、解題の執筆、注釈の執筆、登場人物の略伝の執筆については、日本側から和田とともに、京都大学人文科学研究所教授水野直樹、和光大学教授劉孝鐘が、ロシア側からはシリニャーの他、ロシア国立社会政治史文書館員のグラント・アジベーコフが加わった。アジベーコフは和田とともに、この企画を立案、推進した人物であったが、仕事の半ばで死亡した。アジベーコフ夫人とロゴバーヤの二人の同文書館員は本の史料の点検、編集、校正などを担当した。

この企画は、和田が主宰する日本歴史家基金とロシア国立社会政治史文書館が協定を結び、実施したものであるが、これは同じ形で2001年に出版された『全連邦共産党、・コミンテルンと日本』(ロスペン、791)につづく企画であった。和田、水野、劉の3名は1999年韓国文化研究振興財団より研究助成金をうけ、モスクワでの調査を開始するともに、同年1211日和田がロシア国立社会政治史文書館館長アンデルソンと契約を結んだのである。以来努力が続けられた。出版されたのは、本年7月はじめであった。

☆内 容

本書には、巻頭には38頁にわたる解題が収められている。これは和田、シリニャー、劉、水野が共同執筆したものである。本書に収められたコミンテルン史料を分析して、コミンテルンと朝鮮共産党の関係の全歴史を系統的にはじめて叙述したものである。

史料は1918年より1941年にいたる256点の資料が集められている。そのほとんどすべてがはじめて公開されたものである。その内容としては次のように言うことができる、

@      コミンテルンの方針・決定およびそのプロセスを示す各種会議の記録、決,定およびテーゼをほぼ網羅的に収録。これら決定やテーゼの一部はコミンテルン刊行物に掲載されているが、大半ははじめて知られるもの。とりわけ、各種会議録や草案は、方針や決定の作成過程の解明に取ってきわめて重要なものであり、それによってコミンテルンが朝鮮問題にいかなる姿勢で臨んだかを知ることができる。

A       朝鮮人がコミンテルンに提出した活動報告・意見書・手紙を多く収録。ここにも同じくはじめて知られる事柄が多く、運動の当事者が作成した資料が非常に乏しい中で朝鮮人側の状況を知る上できわめて価値の高い文書となっている。

B       解放前の朝鮮人共産主義運動の一つの大きな特徴ともなっている、「上海派」と「イルクーツク派」の二つの派閥の形成過程や、それへのコミンテルンおよびロシア共産党側のかかわりを示す多くの資料を収録。ここには、「コミンテルン極東書記局」や「自由市事変」および二つの「高麗共産党」の創設にかかわる文書も多く含まれている。

C       コミンテルン時代の朝鮮共産党と戦後の南北における共産主義者の活動との結びつきについては興味深い史料を発見している。南の運動を代表して、北でも金日成と提携し、のち粛清された朴憲永が1930年前後コミンテルンの朝鮮委員会のメンバーとして活動した資料、1931年に書かれた機関誌についての提案を収めている。金日成については、1941年にハバロフスクの近くで彼が中国人の名で書いた中国共産党南満省委員会の活動報告書とそれに対するコミンテルンの満州パルチザン運動についての総括意見書を収めている。これらは未発表のものである。

人物略伝は朝鮮人活動家とコミンテルンの朝鮮関係者111名の略伝をおさめている。

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